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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)3077号 判決

原告 藤田音次郎 外三名

被告 国

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告藤田音次郎及び同藤田好江に対しそれぞれ金二二二四万六一五二円、同羽村雅之に対し金一五三万九八二五円、同杉本信策に対し金九五万八六二五円並びに右各金員に対する昭和五四年四月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき、仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨及び仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者等

原告藤田音次郎及び同藤田好江は、亡藤田幸三の父母である。亡藤田幸三、原告羽村雅之(以下、原告羽村という)及び同杉本信策(以下、原告杉本という)は、いずれも昭和五三年五月当時東京工業大学の学生で、同大学端艇部部員であつた者である。

後記2のモーターボート衝突事故(以下、本件事故という)が発生した荒川は河川法に規定する一級河川であり、建設大臣がこれを管理している。

2  本件事故の発生

(一) 本件事故発生現場

本件事故発生現場である埼玉県戸田市大字美女木大野内野先笹目橋上流二三〇〇メートル付近の荒川の位置及び状況は、別紙第一ないし第三図記載のとおりである。

(二) 本件事故発生前の状況

右場所付近の荒川流水上においては、過去数年以上にわたり、しばしば、多数の者(その多くは船舶職員法所定の海技従事者の免許を有していなかつた)が、集団的に、船舶安全法所定の船舶検査証書等を受有しないで中古の競艇用モーターボートを操縦し、あらかじめ流水の中央線付近の水面上に二〇〇ないし三〇〇メートルの距離を隔てて無断で設置した別紙第五図記載のような二個の私製浮標(下端からたらしたロープとその先端に取り付けた重しにより河床上に固定する)の周囲を施回しつつ、時速六〇ないし七〇キロメートルで走り回つていた。このため、右走行期間中は、衝突や波紋による転覆の危険があるので他の船舶の交通に著しい支障を生じ、当該水域(別紙第三図参照)の流水の形状、川幅及び水深等の関係で、あたかも右走行者らによつて当該水域が独占的、排他的に占有使用されている状態にあつた。

(三) 本件事故発生の状況

昭和五三年五月二八日午前、本件事故発生現場付近の流水上には、別紙第二、第三図記載のような位置関係で前述のような二個の私製浮標が無断で設置され、二台の競艇用モーターボートがその周囲を施回し、疾走していた。更に、同日午前一一時三〇分ころ、鳥飼章永(以下、鳥飼という)がその所有する中古の競艇用モーターボート(全長二・九メートる、幅一・三メートル、喫水線上端から船底まで一六・八センチメートル、ワールドモーター八〇型三〇馬力エンジン塔載)を操縦して、右二台のモーターボートの走行に加わるため発進し、別紙第三、第四図記載のような航路をたどつて、下流側浮標の外側を左側に施回すべく時速約六〇キロメートルで上流から下流に向かつて走行していた。おりから、同所に、亡藤田幸三、原告羽村、同杉本ほか六名が乗り組んだ漕艇訓練中の東京工業大学端艇部のボート(エイト)飛燕号(全長一五・六メートル、中心部幅〇・六五メートル、高さ〇・四五メートル)が、別紙第三、第四図記載のような航路をたどつて、時速約一五キロメートルで上流から下流に向かつて漕行してきた。ところが、下流側の浮標の外側を時速約四〇キロメートルで左回りに施回した鳥飼操縦のモーターボートは、エイト飛燕号を回避することができず、その左舷先端部に激突したうえ、乗組員らに激突しながらこれを飛び越えた(以上につき、別紙第三、第四図参照)。その衝撃により、藤田幸三は胸腹腔内臓器損傷により即死し、原告羽村は全治約二か月を要する後頭部打撲挫傷、脳震盪症、右第一、第二、第三横突起骨折等の、また、原告杉本は全治約二週間を要する頭部打撲、脳震盪症等の傷害を被つた。なお、鳥飼は右モーターボートの操縦に必要な海技従事者の免許を有しておらず、かつ、船舶検査証書等を受有していなかつた。

3  被告の不作為

建設大臣及びその所部の職員は、本件事故発生前に、事故発生現場付近における前述のようなモーターボートの走行に対し、走行の中止や浮標の撤去を求める等の規制措置をとつたことはなく、これを放置し、事故発生当日も同様に、鳥飼らの無謀なモーターボートの走行に対し、その中止や浮標の撤去を命ずる等何らの規制措置をとらなかつた。

4  被告の責任

(一) 河川管理者の義務と権限

河川法所定の河川にあつては、河川管理者は、同法一条所定の目的が達成されるように適正な河川管理を行うことを義務付けられている(同法二条一項)。右にいう河川管理の中には、当該河川の流水上を通航する船舶の衝突等事故の予防措置を講ずることも含まれると解すべきである。なぜならば、同法一条は、河川管理の目的の一つとして、「河川の適正な利用」を挙げているのであるが、河川の流水を利用して船舶を通航させることもまた、河川利用の一形態であるから、このような船舶の通航についての河川の適正利用も、河川管理の対象に含まれていると解されるからである。

そして、同法七五条一項本文、同項一号によれば、河川管理者は、同法の規定に違反した者等に対して、当該違法行為の中止などを命ずることができるものとされ、河川管理者には、河川管理上広汎な監督処分の権限が付与されている。

(二) 国家賠償法一条の責任

本件事故現場付近においては、前記のように、過去数年にわたり、無免許の者を含む多数の者が、無断で私製浮標を設置したうえ、適法に航行の用に供することができない競艇用モーターボートを高速で乗りまわしており、このため河川交通に著しい支障を来し、他の船舶との衝突の危険を生じさせていたのであるから、河川管理者である建設大臣は、前述のような河川法の規定にかんがみ、常時応急の事態に対処しうる監視態勢をとるとともに、定期的あるいは随時の巡視を含む十分な管理行為をし、上記のような無断の浮標の設置やモーターボートの危険な走行を規制し排除する義務があつたのに、これを怠つていた。そして、本件事故発生当日においても、鳥飼らの違法なモーターボートの走行等によつて、付近水域が排他的、独占的に占有・使用され、他の船舶の安全な通航に著しい支障を来していたにもかかわらず、建設大臣は何ら規制等の措置を講ずることなく放置し、その結果、本件事故の発生を見るに至つたものである。これは、国の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に監督権の行使を怠り、よつて他人に損害を加えたものということができるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づく責任を負うものである。

(三) 国家賠償法二条の責任

国家賠償法二条一項にいう「公の営造物の管理の瑕疵」とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることを意味するものと解すべきところ、前記河川法の諸規定にかんがみると、河川にあつては、船舶の通航等に必要な規制を加え、通航する船舶が衝突事故を起こすことがないよう危険防除のための適切な措置がとられることも、その通常有すべき安全性を維持するための管理に含まれるというべきである。ところが本件事故発生当時、荒川の当該水域にあつては、前述したように、長期間にわたり鳥飼らのモーターボートの走行等によつて他の船舶の航行に著しく支障を来し、かつ、危険が生じていたのであるから、河川として通常備えるべき安全性を欠いていた。したがつて、本件河川の管理に瑕疵があつたものというべきであり、被告は国家賠償法二条一項に基づく責任を負うものである。

5  損害

(一) 亡藤田幸三関係

(1)  亡藤田幸三の逸失利益 二三五二万二三九四円

昭和五二年賃金構造基本統計調査速報によると、大学卒業男子労働者の年間平均給与総額は金二八一万五三〇〇円であるところ、藤田幸三は死亡時二三歳であつたので、二四歳から六七歳までの四三年間稼働しうるものと推定されるから、右平均給与総額に、五〇パーセントの生活費控除を行つたうえ、四三年のライプニツツ係数一六・七一〇四を乗じて算出すると、同人の逸失利益は標記の金額となる。

(2)  慰藉料

(ア) 亡藤田幸三 一〇〇〇万円

(イ) 原告藤田音次郎、同藤田好江 各七〇〇万円

(3)  葬儀費用及び墓石建立費

右原告両名各一八三万四九五五円

(4)  弁護士費用 同各一〇〇万円

(5)  損害填補 同各四三五万円

鳥飼から支払を受けたものである。

(6)  請求額 同各二二二四万六一五二円

右原告両名は、藤田幸三の相続人として、(1) 、(2) (ア)の損害賠償請求権を各二分の一相続したので、これに(2) (イ)、(3) 、(4) を合算し、(5) を控除すると、標記の金額となる。

(二) 原告羽村

(1)  治療費 二三万九八二五円

原告羽村は、本件事故により被つた前記傷害により、昭和五三年五月二八日から同年六月一七日まで、埼玉県戸田市所在の鈴木病院に入院するなどして加療に当たつたが、その間要した治療費は標記のとおりである。

(2)  慰謝料 二〇〇万円

(3)  弁護士費用 三〇万円

(4)  損害填補 一〇〇万円

鳥飼から支払を受けたものである。

(5)  請求額 一五三万九八二五円

(1) ないし(3) の合計額から(4) を控除したものである。

(三) 原告杉本

(1)  治療費 一五万八六二五円

原告杉本は、本件事故により被つた前記傷害により、昭和五三年五月二八日から同年六月七日まで、前記鈴木病院に入院するなどして加療に当たつたが、その間要した治療費は標記のとおりである。

(2)  慰謝料 一五〇万円

原告杉本は、逆行性健忘性の後遺症を生じている。

(3)  弁護士費用 三〇万円

(4)  損害填補 一〇〇万円

鳥飼から支払を受けたものである。

(5)  請求額 九五万八六二五円

(1) ないし(3) の合計額から(4) を控除したものである。

6  結論

よつて、国家賠償法一条一項又は二条一項に基づく損害賠償として(選択的に主張する)、被告に対し、原告藤田音次郎及び同藤田好江はそれぞれ金二二二四万六一五二円、同羽村は金一五三万九八二五円、同杉本は九五万八六二五円並びに右各金員に対する弁済期の後である昭和五四年四月一二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。

同2(二)の事実は不知。

同2(三)のうち、原告ら主張の日時ころ、鳥飼操縦のモーターボートと東京工業大学端艇部のエイトが衝突し、これに乗り組んでいた藤田幸三が死亡し、原告羽村及び同杉本が負傷したこと、鳥飼が右モーターボートの操縦に必要な海技従事者の免許を有しておらず、かつ、船舶検査証書等を受有していなかつたことは認めるが、その余の事実は不知。

3  同3の事実は認める。

4  同4の主張は争う。

5  同5の主張は争う。

三  被告の主張

1  河川法に基づく河川管理の限界

河川法一条、二条は、同法の目的及び河川管理施設の原則等を示した規定であり、同法一条によると、河川の管理は洪水高潮等の災害発生の防止、河川の適正利用、及び流水の正常な機能維持を対象としている。これらの規定及びこれを受けた同法の各則規定を個別的に検討すれば明らかなように、同法は河川の流水の面からの適正管理を河川管理者に要求しているのであつて、河川を通航する船舶の交通整理、これら船舶の操縦から生ずる危険の防止等、一般に適正な流水自体の支配、管理とは関係のない事柄は同法の管轄外の事項である。

そもそも河川は公共用物であるところ、公共用物は本来一般公衆の自由使用に供されるべきものであつて(公物の一般使用又は自由使用)、公物管理者は、当該公共用物の目的、性質に応じて、法令の定めるところに従い、公物管理に必要な限度でのみ、右の自由使用の範囲や方法を限定することができる。河川の自由使用の一形態である河川における舟の通航の制限規定としては河川法二八条、同法施行令一六条の二があるが、これは河川管理施設である水門、閘門を舟等が通航する際の制限及び河川が損傷し、河川工事若しくは河川管理施設の支障が生じないようにするために河川管理者が指定した水域又は水門、閘門における制限である。そして、この規制は前述した趣旨での河川管理上必要な範囲内においてのみ行うことができるのであつて、本件のような無謀運転を予測した上での乗舟者の生命、身体の安全とか特定の舟のための航路の整備・確保といつた観点から行うことはできないものである。

更に、河川法七五条は、法の許可を受けた者又は違法の状態にある者等に対して一定の違法事由があるとき、河川管理者が許可等の取消し、原状回復その他必要な措置をとることによつて、河川管理の適正を確保しようとする規定である。本件事故当時における鳥飼の行為は同法に違反していたものでなく、右監督処分の対象になるものではないから、右条項も同人の行為を規制する根拠とならないことは明らかである。

もつとも、自由使用といつても、どのような行為でも、いかなる法規範に照らしても許されるというわけでないのは当然である。ただ、本件における鳥飼のモーターボートの走行のような危険な行為を規制するのは、公物管理権たる河川管理者の管理権の範囲には属しないということであつて、そのような行為は利用者間の自治に基づく私法上の秩序に委ねられ、また、河川法上の規範とは別の法規範に基づく一般警察規制等の公物警察権の作用によつて統制されることになる(現に、地方公共団体によつては、条例を定めて、本件のようなモーターボート等による危険な河川利用行為を規制しているところがある)。

もちろん、自由使用の形態の公物利用行為が公物管理の対象となつてくる場合もあるであろう。しかし、それは、河川についていえば、例えば、勝手に河川の一部をせき止めて専用のボート練習コースを作るなどして河川を利用する等、公物自体に他の利用者や付近住民等に財産上の損害や生命、身体に対する危険を生ぜしめるような要因を設定するに至る場合であつて、利用行為自体を含むものではない。公物自体に影響のない限り、仮にそれが無謀で他の利用者に危険を及ぼす態様の利用行為であつても、それだけでは公物管理の対象とはならないのである。

なお、本件事故現場の河川中に置かれた二個の私製浮標については、本件事故は専ら鳥飼の無謀な航行によつて生じたもので、浮標の存在自体は事故の発生と因果関係がない。また、これらの浮標はいずれも現場付近の流水面積の上では極めて微少なもので、右の設置は流水の占有といえるものではなかつたし、河床に固着され常設されていたものではなく、モーターボートの走行を終えれば設置者らが自ら回収していたのである。そして、本件事故現場付近は、ボート練習やレジヤー用モーターボートの走行のほか、時に金魚等の餌採り業者の小舟が走行する程度で、一般の船舶の往来があるところではなかつた。かかる点からしても、右浮標が船舶の航行に危険を及ぼすなどという状況はなかつた。したがつて、右浮標の設置も河川管理上の規制の対象となるものではなかつたのである。

2  被告の責任

右に述べたとおり、本件のモーターボートやエイトの通航のような河川の自由使用については、河川管理者の河川管理の対象となるものではなく、それに伴う危険については、利用者が自らの責任において防除するのが原則である。本件事故発生の原因は専ら鳥飼の無謀なモーターボートの運転にあるのであつて、河川管理者である建設大臣はそれを防止すべき権限を有しない。

したがつて、建設大臣に河川管理権不行使の違法があることを前提とする原告の国家賠償法一条に基づく請求、建設大臣の河川管理に瑕疵があることを前提とする同法二条に基づく請求は、いずれも失当である。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  河川法の規定上、河川の水面の利用行為自体が河川管理の対象に含まれないとする根拠はない。かえつて、河川法一条が、「河川が適正に利用されるようこれを管理すること」を同法の目的の一つとして掲げており、右の「利用」の中には、河川の流水の使用の一形態としての水面の使用も当然含まれ、船舶の通航がこれに当たることも当然であるから、河川の水面の利用行為自体も河川管理の対象となることは明らかである。

2  そして、もし河川の水面の利用行為において不適正な点があり、船舶の通航が害せられるような状態を生じているにもかかわらず、河川管理者がこれに対して何ら有効な規制措置をとらず、これがため船舶の衝突による死傷事故を惹起する等公共の安全保持がそこなわれる結果を招来したような場合は、河川そのものに欠陥が生じた場合と実質上異ならず、河川が通常有すべき安全性を欠いたものとして、河川管理に瑕疵があつたものというべきである。以上の理は、国道上に長時間故障した自動車が放置されていたことにつき、道路管理の瑕疵があつたことを認めた最高裁判所第三小法廷昭和四七年(オ)第七〇四号、昭和五〇年七月二五日判決からも明らかである。けだし、本件のような競艇用モーターボートの旋回による無謀運転は、あたかも河川の水面上の一定範囲の部分に障害物が置かれ、他の船舶の通航を妨げるのと物理的に何ら変わらないからである。そして、道路のような人工公物と、河川のような自然公物の間に、公物管理の面で何ら違いはないものというべきである。

3  なお、鳥飼のモーターボートが、下流側浮標の外側を右廻りで旋回した際、被害エイトを回避することができなくてこれに衝突したのであるから、浮標の存在は事故発生に関係があるというべきであり、河川管理上の規制の対象となるものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因1、同2(一)の各事実、同2(三)のうち、原告ら主張のころ、鳥飼操縦のモーターボートと東京工業大学端艇部のエイトが衝突し、これに乗り組んでいた藤田幸三が死亡し、原告羽村及び同杉本が負傷したこと、鳥飼が右モーターボートの操縦に必要な海技従事者の免許を有しておらず、かつ、船舶検査証書等を受有していなかつたこと、同3の事実は、当事者間に争いがない。

二  右の争いのない事実に、成立に争いのない甲第二号証の一ないし五五、第三号証、第九号証、乙第二、第三号証、証人高木啓輔、同矢野進一及び同川辺憲一の各証言を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  本件事故発生現場の付近においては、過去数年にわたり、日曜日や祝日に、そのほとんどが船舶職員法所定の海技従事者の免許を有しない者たちが集まり、船舶安全法所定の船舶検査証書等を受有しないで、一隻ないし数隻の中古の競艇用モーターボートを操縦し、あらかじめ流水の中央線付近水面上に上流側と下流側に間隔を置いて設置した二個の私製浮標の間を往復し旋回するなどして遊走していた。右の浮標は、別紙第五図記載のように、プラスチツク製の赤色セイフテイーコーンと自動車の古タイヤを組み合せて作られ、下端からたらしたロープの先端に取り付けた重しによつて河床上に固定するようになつており、モーターボート走行の都度流水上に運んで設置し、走行が終ると回収し提防の草むらの中に置いておくようにしていたが、たまに流水上にそのまま放置されていることもあつた。右の者らは、専ら競艇用モーターボートによる走行をいわゆるレジヤー目的で行つており、同好会を作つていたこともあつた。走行中に練習中のエイトなどが通りかかると、赤旗で合図してモーターボートの走行を一時中止させ、通過するのを待つて再び走行するような場合もあつた。なお、競艇用モーターボートは最高時速約八〇キロメートルの高速を出すことができるが、操縦は相当に困難で、十分な訓練を必要とする。

2  昭和五三年五月二八日、本件事故発生現場付近の流水上においては、おおむね別紙第二、第三図記載A、Bのような位置関係で前認定のような二個の私製浮標が設置され、二隻のモーターボート(一隻は黒沢豊が、他の一隻は野浦寛ほかの者が交代で、それぞれ操縦していた)がその付近を走行していた。右浮標は、当日朝、黒沢豊が河岸から運んで流水内に設置したものであつた。そこへ、更に午前一一時三〇分ころ、鳥飼がその所有する中古の競艇用モーターボート(全長二・九メートル、幅一・三メートル、喫水線上端から船底まで一六・八センチメートル、ワールドモーター八〇型三〇馬力エンジン搭載)を操縦して、右二隻のモーターボートの走行に加わるべく発進し、別紙第三、第四図記載のような航路をたどつて、浮標Aの外側を左側に旋回すべく時速約六〇キロメートルで下流に向かつて走行していた。おりから、同所に、藤田幸三、原告羽村、同杉本ほか六名が乗り組んだ漕艇訓練中の東京工業大学端艇部のエイト飛燕号(全長一五・六メートル、中心部幅〇・六五メートル、高さ〇・四五メートル)が来合せた。エイトのコツクス菊川信也は、浮標Bの上流約二五〇メートル付近において、下流で走行中のモーターボートを発見し、衝突等の危険を避けるため、おおむね別紙第三、第四図記載のような航路をたどつて、時速約一五キロメートルで下流に向かつて漕行した。ところが、鳥飼は、漕行してくるエイトを認めながら、その後の動静を注視せず、適当な回避操作もしないまま、漫然と時速約四〇キロメートルに減速しただけで浮標Aの外側を大回りで左側に旋回し、対向してくるエイトの進路前面を加速しながらハンドルを切つて通過しようとしたところ、間に合わず、自艇の前部をエイトの左舷先端部に激突させたうえ、自艇をして、その底部を右エイトに乗り組んでいた前記藤田、原告羽村、同杉本に激突させながら右エイトを飛び越させた。

3  一級河川である荒川のうち、本件事故発生現場付近の河川管理を担当しているのは、建設省関東地方建設局荒川上流工事事務所であるが、同事務所においては、その管内に四つの出張所が置かれ、各出張所に所属する数名の巡視員が、関東地方建設局長の定めた河川巡視規程に従い、休日を除く毎日一回所管区域内の荒川の堤防上をパトロールし、主として河川管理施設の維持保全の状況などの把握につとめていた。本件の事故発生現場は西浦和出張所の所管区域で、同出張所には三名の巡視員が置かれているが、事故発生当日は日曜日であつたため、パトロールは行われていなかつた。従前から、建設省当局では、モーターボートその他の舟の無謀な通航を規制するようなことは河川管理の対象に含まれないものとして、右パートロールにおいても、本件事故発生前に、事故現場付近その他の荒川の流水上におけるモーターボートの走行について監視し、これを上部機関に報告したような事実はなく、また、他の河川利用者らからそれについて通告を受けたこともなかつた。

なお、本件事故発生現場付近の荒川においては、河川法二八条とこれを受けて定められた政令による舟の通航の規制は存しない。

4  河川における舟の危険な通航を禁止し取り締まる法令としては、都道府県によつて、例えば東京都水上取締条例(昭和二三年条例第八二号)や滋賀県琵琶湖等水上交通安全条例(昭和三〇年条例第五五号)のような条例が制定されているところもあつた。本件事故直後、警察庁では、各道府県警察本部長らに対し、事故防止のため、モーターボート等を無謀操縦する者の指導取締り及び水上安全に関する条例制定の推進などについて通達した。本件事故発生当時、埼玉県においてはこの種の取締条例が制定されていなかつたので、その後昭和五四年三月に、「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為の防止に関する条例」(昭和三八年条例第四七号)の一部を改正してモーターボート等による危険行為の禁止についての規定を追加し、右条例に基づき、警察官が事故の再発を防止するため随時指導取締りを実施するようになつた。

三  右一、二の事実を前提として、原告主張にかかる被告の責任について判断する。

1  モーターボートの規制について

(一)  河川法一条は、「この法律は、河川について、洪水、高潮等による災害の発生が防止され、河川が適正に利用され、及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与し、もつて公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進することを目的とする。」と規定し、同法二条一項は、「河川は、公共用物であつて、その保全、利用その他の管理は、前条の目的が達成されるように適正に行なわれなければならない。」と規定している。モーターボート、端艇その他の舟が河川の流水を通航の用に供することも、河川の利用形態の一種であることはもちろんであるから、舟の通航が安全・円滑に行われるべく河川を管理することは、河川管理の目的に含まれており、かつ、右目的を達成するために適正な河川管理をすることが要求されているものというべきである。

しかしながら、右のような河川法の規定があるからといつて、直ちに同法の定める河川管理が、安全・円滑な舟の通航を確保するためのあらゆる措置を講ずることにまで及んでいると解することは相当でない。なぜならば、同法一条、二条一項は、法の目的や河川管理の原則を一般的、抽象的に規定したものにすぎず、いわば同法の根本的な思想あるいは立場を宣言したものというべき規定であつて、これらの規定が同法全般の解釈について十分参酌されるべきであるにしても、右規定から直ちに河川管理者の具体的な権限や義務、あるいは、国民の河川に関する具体的な権利義務が、直接に発生するものではなく、それらは、あくまで右規定以外の同法の個別的な規定によつて具体的に定められたところに従つて発生し、また行使されるべきものであるからである。

そこで、舟の通航の規制、制限に関する河川法の個別的な規定について検討する。

そもそも、河川における舟の通航のような公物の使用形態は、講学上公物の自由使用(一般使用)とよばれるもので、公共用物をその本来の用法に従つて使用するものであつて、使用者は管理者の許可や特許を得ないで使用することができることをその本質とする(もつとも、公物の自由使用とは、講学上許可使用、特許使用と対比して用いられる用語であつて、それが公物の使用に当たりどのような方法をとろうが全く自由であり、いかなる法規範に照らしても許容されるというようなことを意味するものでないことは言うまでもない)。河川法二三条以上の規定は、河川の使用及び河川に関する規制について定めているが、同法二三条にいう流水の占用の中には、舟の通航のような河川の自由使用は含まれず、河川における舟の通航の規制については、二八条の規定だけが適用されると解すべきである。言い換えれば、同法二八条及びそれを受けて定められた政令等によつて規制されない限り、舟の通航が河川法による規制、すなわち河川管理権に基づく使用関係の調整措置を受けることはないということができる。もとよりこれは河川管理権による規制のことだけを言つているのであつて、他の法規範によつて河川における舟の通航が規制されることがあるのは別論である。一体、河川法の規定を通覧すると、同法所定の河川管理は講学上のいわゆる公物管理権の作用であると解されるのであつて、それに対し、河川における舟の通航の秩序を維持し、無謀な通航等を取り締まり、危険の発生を防止する等河川の交通安全に関することはいわゆる公物警察権の作用として講学上も区別され、現行法上も、後者については、地方公共団体の条例によつて、舟の通航方法等水上交通の取締りに関する規定が定められている。

また、河川法七五条は、河川管理者の監督処分権について定めているが、同条一項一号にいう「この法律に違反した者」とは、同法一条のような一般的、抽象的な目的規定に適合しない行為をした者をいうと解すべきではない。前述したように、同法一条は、法全体を通じる根本的な思想ともいうべき目的規定を定めたものであつて、このような規定から直ちに、河川管理者が国民の個々の行為を具体的、直接的に拘束し義務づけることはできないと解するのを相当とする。したがつて、同法七五条によつて河川管理者の監督処分の対象とされるのは、同法二三条以下の河川使用に関する個別的、具体的規定に違反した者等であると解するのが相当である。

もつとも、通常は河川の自由使用の範ちゆうに入る舟の通航であつても、例えば、一定範囲の水面を物理的に締め切つて他の舟の通航を全くさえぎり、当該水面を排他的、独占的に継続して使用するような場合には、河川法二三条にいう流水の占用として、河川管理者の許可の対象となる。しかしながら、単にモーターボートの無謀な運転により他の舟の通航に危険を来しているというだけでは、公物警察権の作用による規制の対象となつても、河川管理権の対象になることはないのである。

(二)  これを本件についてみるに、前認定のとおり、本件事故発生現場付近の荒川においては、河川法二八条とこれを受けて定められた政令に基づく舟の通航に関する規制はされていない。また、本件事故発生現場付近において行われてきたモーターボートの走行も、船舶職員法、船舶安全法に違反し、運転に特殊な技術を要する競艇用のモーターボートを、正規の訓練を受けたこともない技量未熟の者たちが乗り回していたという点で、甚だ危険な行為であつたことは容易に推認することができるが、このようなモーターボートの走行であつても、前認定のようなその具体的な態様に照らすと、公物の自由使用の範ちゆうを超えるものではなく、それを取り締まり、安全、円滑な舟の通航を確保することは、まさに公物警察権の作用であつて、未だ河川管理権の対象となるような河川の排他的、独占的な占用が行われていたとは到底認めがたい。本件事故についても、その原因は専ら鳥飼の無謀、未熟な操船によることは明らかであつて、同人が高速旋回を行うにあたり、よく注意してモーターボートを適切に操縦していれば本件事故は未然に防止できたものである。原告主張のようにその時点において、鳥飼らにより付近の水域が排他的、独占的に占用されていたとか、あるいは、そのような排他的占用の結果本件事故が発生したと認めるに足る資料はない。

(三)  以上を要するに、本件事故の原因となつた鳥飼の行為を含む本件事故発生現場付近におけるモーターボートの走行は、建設大臣の河川管理権の対象に含まれるものではないということになる。

したがつて、建設大臣には右モーターボートの走行を規制する権限や義務はないのであるから、建設大臣に原告主張のような過失は認められず、この点について、被告には国家賠償法一条の責任は存しない。

また、本件事故が河川管理の対象にならない第三者の行為によつて発生したものである以上、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために損害が生じたということはできないから、被告には国家賠償法二条の責任も認められない。なお、原告は、最高裁判所第三小法廷昭和四七年(オ)第七〇四号、昭和五〇年七月二五日判決を援用するが、右判決の事案と本件とでは、判断の基準となる法令も、具体的事実関係も著しく異なつており、本件に援用するのは適切でない。

2  浮標の規制について

本件事故は、エイト飛燕号が私製浮標に衝突し、あるいはこれを避けようとして転覆したというような、浮標の存在と事故との間に因果関係がある場合とは異なり、無謀運転のモーターボートが浮標を標識として旋回した直後エイトと衝突事故を起こしたというにすぎないから、事故の原因はあくまで鳥飼の無謀運転であつて、浮標の存在と事故の関連性は極めて乏しいといわなければならない。のみならず、例えば、大型の船舶をけい留するような規模・構造の浮標を河床に恒久的に定着させて設置し、継続的に流水を占用しているような場合はともかく、本件浮標程度の規模・構造のものを、本件事故発生現場のような河川の流水上に専らモーターボートの旋回を行う標識にする目的で、使用の都度一時的にこれを設置し、使用後は回収することを原則としていたような場合は、河川の自由使用であるモーターボートの走行に付随し、これと一体をなす性質のものとして、河川の自由使用に当たり、河川管理者の許可を要しないと解するのを相当とする。もつとも、本件事故発生現場付近において、私製浮標が使用後も回収されずそのまま放置されていたこともあつたようであるが、このような事実があつたからといつて、右判断を左右するに足りない(なお、前掲甲第二号証の三九によると、本件につき荒川上流工事事務所の渡辺課長は、所轄警察署の照会に対し、浮標を設置する場合は、許可を要する旨回答しているが、前掲証人高木啓輔の証言からすると、右回答は、前記のように河床に固定して浮標を設置し、継続的、排他的に流水を占用するような場合について、河川法所定の許可を要する旨回答したものであることが窺われる。)。

したがつて、右1で説示したと同様に、本件において私製浮標を規制しなかつたことをもつて、被告に国家賠償法一条又は二条の責任があるとはいえない。

四  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田勇 池田克俊 西尾進)

(別紙)一ないし四図〈省略〉

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